正気と狂気の間 時の終焉と再生、そして創造

昨日、今日と、祖母の葬式に行った。肉親の葬式には10年以上立ち会っていないだろう。葬式がおわり、柳瀬川の川原で桜を見ながら散歩していたら、なぜかどっと疲れを感じていた。体力的に疲れているわけではない。また、ストレスなどの精神的な疲れでもないだろう。なんというか、生命力そのものの疲れ、といったら言いのだろうか。

以前肉親の葬式に立ち会ったときには、まだ「死」そのものに対する実感がなかっただからだろうか、あまり疲れは感じなかったと記憶している。しかし今回の葬式は、直接僕の生命力に大きな衝撃をぶつけてきた。全身で「生」と「死」そのものの定義・意味を問いかけてきた。等身大の、しかも非常に強い衝撃だった。たとえば、独り海辺で荒れ狂う台風の風を受け、耐えているような衝撃である。

この感覚は、数年前シベリア鉄道ヨーロッパ大陸を横断し終えて、数ヶ月ぶりに自宅に帰ってきた時の疲れ方に似ている。

そのときは、たった数ヶ月でほぼ毎日が新しい都市、国へ移動する生活であり、一人の人間の体という器では収まりきれないほどの変化・経験をしたからだろうか、20才くらい歳をとった錯覚を覚えた。そして、今回の「人の死」という経験も、同様なのかもしれない。

おそらく、人の「肉体」という器には、変化・経験を受け留められるキャパシティがあり、「人の死」をはじめ、生命力・本能に大きな衝撃を与える経験は、人の体に大きな重力与えると思う。
その重力にどう対処するかで、その衝撃の意味は変わる。時の意味そのものも変わる。今回の「死」の時間の共有で、「時」というものが、これほど重い重力をもっていたのか、と初めて気付いたのかもしれない。

ある本のなかで、人間が「生きている」ことの定義は「認識」だといっていた。僕もそうだと思う。でも、その「認識」という行為・現象そのものは、「当たり前」「正気」なのではない、「認識」する、または「認識」しているという状態そのものは、非常に不思議な現象だといっていた。いや、「認識」そのものは、よく考えると、本当に捉えようのない、「狂気」である、とさえいっていた。今回の肉親の「死」の時間の共有は、まさにこの事に気付かされた出来事だった。
「死」とは、一人の人間の「認識」現象の時間の終焉である。言い換えれば、「狂気」の時間の終焉である、ともいえる。

話が抽象的になってきてしまったが、結局、「生きる」中で、この「狂気」と「正気」世界をいかに客観的に往復し、コントロールできるかが、日常生活での鍵を握ると考えている。

話はそれるが、生命力そのものを描き続けることをテーマとした岡本太郎の思想を深く知りたいと、氏の本を読んだ時、フランスの思想家ジョルジュ・バタイユについての思想に出会った。バタイユについて深くは読んでいないが、バタイユは、苦痛の果ての歓喜、神涜とエロスなど「両極端の一致」の思想をもとに、人の存在の根本的な力に注目し、社会視点の新地平を切り拓いた、とされている。僕も、このバタイユの「両極端の一致」の思想の中に、生命力の爆発的な開放がある、と思う。

これまでの僕の経験で、何か自分の中での大きな目標を達成したとき、目標への「狂気」な執着心があった。これが、夢や目標の自動的な推進力になっていた、と実感する。

僕の好きな言葉に、エビータ(故エヴァ・ペロン=アルゼンチンの大統領夫人)の言葉がある。

「人が何かを成し遂げるには、狂気が必要である」と。

僕も、たとえば、自転車でのマレー半島縦断旅行やアメリカ大陸横断旅行がそうだった。また、その前の旅の準備の時から「狂気」が僕の中に宿り、いつもでは考えられない生活をしていた。2〜3ヶ月間、50時間ほぼ不眠不休で旅の資金稼ぎの仕事をしていたときなどだ。このとき、明らかに肉体の限界はキャパシティを超えていた。しかし、夢への執着心と、先取りの夢の「擬似達成感」という錯覚の快楽が、苦痛・苦悩を圧倒的に凌駕していた。

この「狂気」が目標達成という大きな「創造」へと導いた。

日常生活での「正気」過ぎた最近のサラリーマンという生活から、「狂気」の力、言い換えれば、創造への本能的なバイタリティの開放装置だということに、久しぶりに実感できた気がする。

つまり、祖母の「死」という現象は、明らかに一人の認識時間の終焉だが、それは同時に「創造」への無限の生命力の開放=僕の新たな生命力へと繋がっている、という事だ。

「死」は、新たな「生」への萌芽となる。

祖母の永眠したときの顔は、存命中の顔より優しい顔だった。
病床の苦痛から開放された、安らぎの表情だった。
ぼくは、存命中の顔より、冷たくなった祖母の表情が優しい、ということに強いショックを受けた。また、祖母の冷たくなった体に触れ、もう祖母の中に「時間」が流れていないのだ、ということに気付かされた。

「死」によって、祖母は「苦痛」という世界から、完全に自由になったのだ。そして、「時」という大河の流れから、完全に変化を免除された、真の自由の身になったのだ。そして最後に祖母は、僕ら遺された者に、身をもって人生で最も大事な事を教えてくれた。

「時は有限。光あるうちに光の中を歩め」と。

「死」は、決して悲しいだけではない。時には遺された者に、優しさ、平穏な心、そして希望を運んでくれるのだ。

"Death tells us how to live."

最愛なる祖母、どうか安らかにお休みください。

今まで本当にありがとうございました。
ずっと僕らを見守っていてください。

それでは、さようなら。
また会う日まで。